私は野球とか全然知らない。ただ、韓国の小説の中で好きな小説があるのに、愚全というか、作家がものすごくあるチームのファンだったのであのチームの話だけは私もあの作家が書いた小説のおかげで詳しくなってきた。
ところで最近日本の野球をみていたら、この間までは「ハンカチ王子」ばかりだったスポツニュースが今は「新庄」ばかり。私は新庄と言う選手についても実はよく知らないので何も話せないかもしれない。でも時々見ていたら新庄選手は俳優とか芸の人のようにみえる時があるのでショーマンシップの選手として覚えられている。さらに、今優勝した日本ハムのはなしは何か「新庄の物語」のように見えると言うか・・・。確かに、新庄選手はファイティングがすごいな〜と思うけど、その時、逆に80年代韓国のプロ元年にあったあのSAMMI SUPERSTARSが思い出してくる。
プロの世界に入って絶対プロにはなれなかったあの悲運のチームの話は今も韓国では伝説として伝えられている。
野球ってよく知らないけど、あの小説の作家の言う通り、人生を見せてくれるかも知れない。厳しいプロの世界で新庄選手のように主人公として日なたで生きている人もいるし、SAMMI SUPERSTARSのようにプロの世界には全然慣れられなくて、陰地で生きている人もいるはずだろう。と思ったら世界にあるものや、生きてるものはそれぞれの意味を持ってあるはずだろうと思い続けたりすることになってくる。

写真のバットを持っているスーパーマンが当時のSAMMI SUPERSTARSのマスコト、シンボル。確かに今そのマスコトを見ていたら何かプロらしい部分は全然感じられない。正直、見ると笑っちゃう。さらにSAMMI SUPERSTARSは今の時代には絶対ありえない記録を残って人の記憶の向こうの側になくなってしまった。なのに、最近またSAMMI SUPERSTARSのことが再照明になっていたのはプロとアマチュアの微妙な境界を生きている我々の反映じゃないかと思ってみた。